東京地方裁判所八王子支部 昭和43年(わ)486号 判決 1969年5月15日
被告人 仲村清彦
昭二〇・五・二一生 学生
主文
被告人を懲役四月に処する。
この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 約一二〇名の学生らと共謀のうえ、昭和四三年六月三〇日午後六時五〇分ごろから数分間にわたり、正当な理由がないのに、東京都立川市曙町所在のアメリカ合衆国空軍立川飛行場基地第一ゲートのゲートボツクス付近から、アメリカ合衆国軍隊が使用する区域であつて、入ることを禁じた場所である同基地内に約八メートルにわたつて立ち入り、
第二 被告人を含む約八〇名の学生らは、東京都公安委員会の許可を受けないで、前同日午後七時五八分ごろから同八時二五分ごろまでの間、同市曙町二丁目一番一号所在日本国有鉄道立川駅構内上り一、二番線軌道上を、三番線ホーム東京寄り先端脇付近から、約四列の隊列を組んで、「米タン粉砕、米タン粉砕」とのシユプレヒコールをくりかえしながら、同ホーム八王子寄り先端脇付近までかけ足だ行進をしたうえ、反転して同様の行進をしたのち、同ホーム中央脇付近にいたり、右軌道上に坐り込んでアジ演説を聴くなどし、ついで右三番線ホームに上がり、同ホーム上を青梅線ホームに向つてかけ足行進をしたうえ、同ホーム上で反転して同様の行進をしたのち、三番線ホーム改札口前付近にいたり、同所で坐りこんでアジ演説を聴くなどして集団示威運動を行つたが、その際被告人は終始右隊列の先頭列外に位置して、笛を吹き、あるいは手を上げるなどして右隊列を誘導し、シユプレヒコールの音頭をとり、坐りこんだ学生らにアジ演説をするなどしてこれを指揮し、もつて右無許可の集団示威運動を指導し、
第三 同駅駅長の看取する同駅構内上り一、二番線軌道上ならびに三番線、青梅線各ホーム上において、前記のように約八〇名の学生らとともに集団示威運動をした際、右駅長の命を受けた職員から、同日午後八時一〇分ごろからひきつづき再三にわたり、同駅構内から退去するように要求を受けたにも拘らず、右学生らと共謀のうえ、同日午後八時二五分ごろまで同所に滞留して同駅構内から退去しなかつたものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法違反(判示第一) 同法二条前段、刑法六〇条(懲役刑をえらぶ。)
昭和二五年都条例第四四号集会・集団行進及び集団示威運動に関する条例違反(判示第二) 同法一条、五条(懲役刑をえらぶ。)
建造物不退去(判示第三) 刑法一三〇条後段、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号(懲役刑をえらぶ。)
併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文(建造物不退去の罪の刑が最もも重い。)
刑の執行猶予 同法二五条一項
訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文
(弁護人の主張に対する判断)
一 まず、弁護人は刑特法二条の法益は基地内の平穏と安全であると解すべきところ、被告人は前記ガードボツクスから約八メートル侵入したにすぎなく、実害はなく、被告人の行為は可罰的違法性を欠くものである旨主張する。しかしながら、前顕各証拠によると、本件基地第一ゲートのゲートボツクス脇芝生上には「関東管区司令部司令官の許可なくして立入りを禁止する。」旨英文と日本文で記載された警告板が立てられていたうえ、右ゲートボツクス付近で同基地警備員が懸命に制止したにも拘らず、判示のように被告人を含む約一二〇名のデモ隊は約四列の隊列を組みスクラムを組みながら、右制止を無視して本件基地内に侵入したものであり、仮りに弁護人主張のように侵入した距離が短かく実害がなかつたとしても、その手段方法において相当であるとは到底認めることができない。そうだとすれば、被告人の本件基地侵入行為をもつて可罰的違法性がないとする弁護人の主張は採用できない。
二 つぎに、弁護人は本件都条例が集団示威運動について許可申請を義務づけているのは、その立法趣旨から考えると、それが「屋外の公共の場所」で行なわれる場合に限定されるものと解すべきところ、本件集団示威運動が行われた場所は駅長が管理する駅舎内であつて、「屋外の公共の場所」にあたらないから、被告人の本件行為は構成要件に該当しない旨主張する。しかしながら、たしかに本件都条例一条は集団示威運動について「場所のいかんを問わず」許可申請を義務づけてはいるが、右条例の立法趣旨が公共の安寧を保持することにあることから考えると、屋外屋内を問わず、これが不特定多数の公衆の生命、身体、自由、財産に対し有害な影響を与える虞がある公共の場所または少なくともこれに準ずる場所に限定して解されるべきものである。ところで、本件の場所はなるほど駅長が管理する駅構内であるけれども、その管理権の作用は鉄道営業の範囲に限定されるものであるうえ、駅ホーム上は乗車券ないし入場券を購入しさえすれば誰でもが自由に出入りすることができ、現に不特定多数の乗降客の自由な利用に供されている場所であり、また駅ホーム下の軌道上も不特定多数の貨客を輸送する列車が常時発着する場所であつて、いずれも不特定多数の公衆が自由に出入りし、あるいは利用しうる場所というべきであり、かような不特定多数の公衆の身体、生命、自由、財産に対し有害な影響を及ぼす虞がある事態が発生した場合には、警察権の発動する余地があるものと解されるのであるから、本件の場所は公共の場所または少なくともこれに準ずる場所というべきであり、この点に関する弁護人の主張は採用できない。
三 さらに、弁護人は駅長の本件退去要求は、法律上明文の根拠を欠く違法なものであるから、建造物不退去罪を構成しない旨主張する。しかしながら、建造物不退去罪は建造物の看守者から要求を受けてその場所から退去しないことによつて成立することはいうまでもないが、右看守者がなす退去要求につき法律上明文の根拠規定を要するものではなく、その管理権にもとづき当然になしうるものというべきであり、単に右退去要求が社会通念上相当性を欠くものとされた場合に不退去罪を構成しないことがあるにとどまるものと解するのが相当である。ところで、本件は判示のとおり、被告人が約五〇名の学生らとともに、駅構内ホーム上のほか、列車軌道上でも隊列を組んだうえかけ足だ行進をくり返し、ために駅構内の秩序を紊したうえ、列車の遅延を招き、公衆に多大な迷惑を蒙らせた事案であつて、管理権を有する駅長のなした本件退去要求が社会通念上相当性を欠くものとは到底解しえない(なお、鉄道営業法四二条は鉄道係員に対しいわゆる行政上の即時強制の権限を与える規定であつて、駅長のなす駅構内からの退去要求を限定した趣旨に解することはできない)。そうだとすれば、この点に関する弁護人の主張も採用できない。
四 最後に、弁護人は、被告人は現在のベトナム戦争とそのためのアメリカ軍ジエツト燃料輸送車阻止のため、本件のような反対行動にでない限り、現体制のもとでは適切な反対の意思表示ができないため、やむをえず本件各行為に及んだものであつて、超法規的に違法性が阻却されるべき旨主張する。しかしながら、被告人が弁護人の主張するような純粋な政治的信条から本件各行為に及んだものであつたとしても、その際における情況に照らし、本件各行為に訴える他にこれに代る手段方法を見出しえなかつたとする証拠はない。この点に関する弁護人の主張も採用できない。